大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和46年(む)48号 決定

主文

原判決を取消す。

秋田地方検察庁大曲支部検察官が昭和四六年五月一二日になした被疑者に対する勾留請求を却下する。

理由

一本件準抗告の申立の趣旨および理由は、弁護人の提出にかかる「準抗告の申立」と題する書面に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二一件記録および当裁判所の事実取調の結果を総合すると、被疑者は、昭和四六年四月三〇日、公職選挙法違反被疑事実につき、秋田地方裁判所大曲支部裁判官(以下単に「裁判官」という)の発した逮捕状により逮捕され、次いで同年五月二日、裁判官の勾留の裁判により、秋田県角館警察署(留置場)に身柄を留置されたこと、(2)秋田地方検察庁大曲支部検察官(以下単に「検察官」という)は同月一〇日午後三時頃裁判官に対し被疑者の勾留期間の延長を請求したところ、裁判官は、右請求を却下するとともに被疑者につき勾留の理由がなくなつたとして職種により勾留を取消す旨の決定をなし、右決定は同日午後四時二〇分頃検察官に告知されその頃同検察官はこれを知つたこと、(3)検察官は、同検察庁次席検事の決済を仰いだうえ、同日午後五時頃、右勾留取消決定に対しては準抗告による不服の申立はせず、被疑者に対する別件の公職選挙法違反被疑事実により逮捕状を請求することとし、同日五時二五分裁判官に対し右被疑者に対する逮捕状を請求し、それにもとづき裁判官の発した逮捕状を同日午後六時頃交付を受けたこと、(4)その後直ちに検察官の命をおびた同検察庁検察事務官は、同日午後六時一〇分頃被疑者の釈放指揮書および右逮捕状を携えて同庁を出発し、同日午後六時四五分頃前記角館警察署に到着し、同日午後六時五五分頃、右被疑者の釈放手続を執り、同日午後七時一〇分頃、手持品の点検等を終えて同署玄関前に現われた被疑者に対し、右逮捕状を執行しこれを逮捕したことを認めることができる。

三ところで、勾留取消の裁判がなされた場合には、それまで適法に認められていた被疑者に対する身柄拘束の効力を消滅させるものであるから、検察官は勾留取消の裁判の告知後速やかに被疑者の身柄を釈放しなければならないことは当然のことであつて、釈放手続をするに必要と思われる合理的時間を超えて被疑者の身柄拘束を継続することは許されないものと解せられる。しかして、本件においては、右のように検察官は、同日午後四時二〇分頃、勾留取消決定の告知を受けたのであるから、その頃直ちにか、あるいは、実務上一般に考えられているように、検察官は、勾留取消の裁判が告知された後においても、右裁判に対し準抗告の申立をするべきか否かを検討するために合理的に必要とされる時間内は適法に被疑者の身柄拘束を継続し得るものとしても、本件において、検察官は、同日午後五時頃には右勾留取消決定に対し準抗告の申立をしないことを決定しているのであるから、遅くてもその頃直ちに被疑者の釈放を指揮するなどその釈放手続をとらなければならないものというべきである。しかし、本件においては、右のように検察官は、敢えて被疑者に対する別件の逮捕状の発付を待ち、その交付を受けた同日午後六時頃被疑者の釈放手続にとりかかり、検察事務官をして右釈放指揮書を逮捕状と共に携えさせて被疑者の留置されている角館警察署に赴かせたため、本来ならば同検察庁から角館警察署までの自動車の所要時間を計算して遅くても同日午後六時ごろ被疑者の釈放がなされなければならないのに、現実には同日午後六時五五分釈放手続がとられ、そのうえ被疑者は同警察署の門を出るときに、直ちに再逮捕されたわけである。

このように、検察官が右釈放手続を遅延させたことは、検察官に合理的な特別事情のない本件においては、まさに違法なことであつて被疑者の同日午後六時ごろから同日午後六時五五分ごろまでの約一時間の身柄拘束は違法なものと断ぜざるを得ない。のみならず本件においては検察官が右のような不当に釈放手続を遅延させた真意は、被疑者をいつたん釈放し、同人が角館警察署を出て帰宅するなりして自由な身になつたならば、逃亡または罪証を隠滅する虞があるので、それを防止するために、いわゆる門前逮捕をするためのものと認められ、検察官のこのような措置により、被疑者は、同日午後六時ごろから同五五分ごろまでの約一時間、再逮捕のために身柄を違法に拘束されていたことになる。

このように見てくると単に形式的に右の約一時間にわたる被疑者の違法な身柄拘束は、ひとえに検察官の釈放手続の不当な遅延という行為によって惹起されたものであり、その後の被疑者の逮捕は、正規の逮捕状にもとづく別の手続によるものであるから、前者の違法は、後者の逮捕手続を違法ならしめるものではないということは一概にはいえないのであつて、検察官の意図が前者の違法状態を利用して後者の逮捕を実行しようとするものである以上、前者の違法はすべからく後者の逮捕行為にも重大な関連を有し、また、このような検察官の意図を重視する限り、約一時間という被疑者の身柄拘束時間も決して短いものとはいえず、結局、被疑者に対する違法な身柄拘束の違法性はその後の逮捕手続をも違法ならしめるものと断定せざるを得ないところである。

そうすれば、右違法な逮捕手続を前提とする本件勾留請求は違法なものとして許容されるべきものではないことに帰し、原裁判は取消を免れないと同時に、本件勾留請求は却下されるべきこととなる。

よつて刑事訴訟法四三二条、四二六条二項により主文のとおり決定する。

(伊沢行夫 穴沢成已 鈴木正義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例